カール・ワインバーグと彼の仲間達によってウィルヘルム・フューラー=ワイザー・ドラクールが倒されてから数ヶ月が経過した。
最初、報告自体を信じようとしなかったハンター協会だったが、報告が一学生のみに留まらず、魔法学園学長ジャスティン・クライトンの報告、それに加わり四代目学長、シーラ・フォン・ホーエンハイムの手紙が重要な証拠として提示され、時間が経つにつれて、ウィルヘルム=ワイザーの証拠は続々と上がって来た。
ハンター協会の代表理事がよりにもよって敵対するモンスター、それも古の三大家の一人と言う事実に協会は大いに揺れ、それに関する議論・・・いや、責任の擦り付け合いが連日続けられている。
そんな騒ぎを尻目に崩れた塔に保存されていた『賢者の石』はようやく新たな保管場所への移動を完了した。
そして、学園の片隅にひっそりと小さな墓が建てられた。
生徒の中には建てられた事すら気付かないほど片隅に、この城に溶け込むように建てられた、遺骨も何も入っていない空っぽな墓。
だがそこには『ハンターアカデミー三代目学長キャサリン・サイフォンここに眠る』と言う短い、だが作った当人達にしてみれば万感の思いを込めた墓碑銘が刻まれている。
そして、そこには毎日のように新たな花が供えられていた。
それは彼女の孫フィリス・サイフォンが稀に、そして死者を除けば彼女を最もよく知る人間、そして彼女を最も愛し彼女が最も愛した青年カール・ワインバーグがほぼ毎日供えていた。
「・・・」
早朝誰よりも早く起きると、その足で何時もの様に墓所を訪れ、花を備え瞑目する。
「キャサリン・・・」
ここの前では口数は少ない。
ここに来ればあの日々の事が嫌でも脳裏を過ぎる。
初めての出会い、彼女と肩を並べ廃墟となった城を駆け抜け、彼女だけが持つ孤独と悲しみを知り、愛し合い・・・そして永久の別れを迎えた。
『幾星霜を経ても変わらぬ愛の誓いを』
この言葉はおそらく彼が人生の幕を下ろすその時までその脳裏に、いや・・・魂に刻まれ続けるだろう。
「・・・また来るよ」
そう呟き静かに立ち上がる。
「カール君?今朝もお墓に花を供えてくれたの?」
そんなカールに声を掛けるのはやはり花束を持ったフィリス。
「フィリス先生、おはようございます」
「ええおはよう。本当に毎日ありがとう。お祖母ちゃんもきっと喜んでるわ」
微笑みながらそう言いカールの供えた花の隣に自分の花束を供え静かに瞑目する。
「そうでしょうか?そうだと嬉しいんですけど」
「きっとよ」
そう言うとフィリスも立ち上がる。
「さてと、カール君朝食はまだ?だったら一緒に食べる?」
「はい、これからレイナ達と食べますから先生もご一緒にどうです?」
「そうなんだ。じゃあお邪魔しちゃ悪いわね」
「いや、邪魔だなんて・・・」
そう言って苦笑するカール。
「ほら、レイナさん達待っているんでしょ?早く行きなさいな」
「はい、では先生また授業で」
「ええ」
一礼をするとその場を後にする。
「ふう・・・でも本当、カール君大人の顔になってきたわね」
やはりあの辛すぎる別れが彼を人間的に成長させたのか、入学当初の少年の顔から急速に大人の顔に変貌を遂げていた。
それ故なのか、最近女子生徒の間でもカールの人気はじわじわと上がり始めている。
「元々、素が良いもんね、カール君。一皮剥ければ人気も出てくるか・・・お祖母ちゃん、本当素敵な人に愛されたのね・・・じゃあ私も行くから」
そう言ってフィリスも墓所を後にした。
『カール・ワインバーグ君、カール・ワインバーグ君。至急学長室まで来て下さい。繰り返します・・・』
そんな校内放送が流れたのは午後の授業も終わった時だった。
「なんだ?」
「おりょ?カールさん今ジャスティに呼ばれましたね」
偶然にも一緒の授業を受けていた静穂が素っ頓狂な声を上げる。
「ああ、でも何の用だろ?依頼だったら僕だけじゃなく全員呼ぶんだけど」
ワイザーを倒したと言う事はフィリス経由で学長であるジャスティンの耳にも入り、それはハンター協会の耳にも届いた。
その経緯やワイザーの正体は別として、それだけの強大なモンスターを倒したカール達には実際のハンターとしての依頼も入る様になっていた。
それは二十数年前、魔人化した第五代学長アイザック・タウンゼントを倒した静穂の父ライル・エインズワースらに続く快挙でもあった。
「まあ良いや。じゃあちょっと行って来るよ」
「ああっそれならボクも行きます。ジャスティと話もあるし」
「失礼します」
「ああカール君ごめんなさいね。いきなり呼び出して」
「いえ丁度授業も終わった所でしたから」
「あら?静穂はともかくとしてレイナさん達までどうしたの?」
放送ではカールだけ呼び出したはずなのだが、学長室にはカールと静穂の他にレイナ・リィナ・リゼッタも訪れていた。
「いえ、カールさんを呼ばれたのでしたから、もしかしてまた依頼かと思い」
代表してリゼッタが質問に答える。
「ああそうね。ここに呼ぶ時は大抵ハンター協会からの依頼を伝える時ですから・・・でも今日はそっちの用じゃないのよ。どちらかと言えばカール君個人に話しがあって」
「カールに?」
「「「???」」」
「学長先生一体何の用なんですか?」
ジャスティンの言葉にレイナ達は首を捻りカールは不思議そうに尋ねる。
「ええ実は・・・先日シーラ学長の部屋を整理していた時にこれを見つけたの」
そう言って引き出しから一通の封筒を差し出す。
「これは?」
何気なく宛名を見たカールは凍りついた。
そこには書かれていたのは
『最愛なる人カール・ワインバークへ・・・キャサリン・サイフォン』
「・・・」
あまりの事に声も出ない。
「私も驚いたわ。フィリス先生から話を聞いただけの人からの、それもカール君個人に向けての手紙だったから」
「学長先生これ中身は・・・」
「見ていない・・・と言うより見れないのよ」
「見れないと言うのは?」
「その封筒封印が施されているのよ。封筒が破けないのよ」
その言葉に弾かれるようにカールの手は封筒を破こうとしたがその封筒はまるで鋼鉄で出来ているかのようにびくともしない。
「開錠の魔法はどうなんですか?」
リィナの質問にもジャスティンは首を振る。
「いいえ、まるで反応しなかったわ。その手紙だけを封じた特別なものみたいね」
「この手紙だけを・・・」
全員の視線が手紙にそしてその手紙を持ったまま固まったカールに集中する。
「・・・」
「カール?」
「「「カールさん」」」
「カール君?大丈夫?」
全員の心配げな声にようやく我に還る。
「っ・・・え、えっと・・・学長先生これは・・・」
「無論君に渡すわ。どういう経緯であれ、どんな人物のものであれ、それは君宛の手紙だから」
「ありがとうございます」
深く一礼する。
学長室を後にするとカールは直ぐに自室に直行した。
そして扉の鍵を閉め、その手紙をまじまじと見る。
「・・・」
それは手紙の裏に小さく書いてあった。
『もしあの言葉を覚えていたら言って』
ただ短い一言だった。
だが、それで十分だった。
ただの一時とて忘れなかったこの言葉こそ、これを解く唯一のキー。
「・・・幾星霜を経ても変らぬ愛の誓いを」
と、今までこれを守っていた封印は音も無く消え、当然のように封が開く。
カールは震える手で中の便箋を取り出す。
「・・・キャサリン」
静かにそれを読み始めた。
『多分これを読むと言う事はもう私はこの世にいないと言う事だと思うわ。そしてこの部屋に残されている者が何であるかどうかもわからないと思う。だからこの手紙を残します。カール、この部屋に残されている赤ちゃん・・・この子は私と貴方の子よ』
「!!」
その言葉に衝撃が走る。
『貴方と最後に愛し合った時に私は貴方の子供を宿しました。その時は嬉しかった。貴方も多分死ぬほどびっくりしたでしょうね』
驚くのが当然だ。
自分に子供が・・・この事実にカールは言葉を失い機械の様に手紙の続きを読む。
『この子を守る為に私はこの部屋に閉じこもりました。いくら私でもこの子を守りながらこの城を守るなんて出来ないから。ましてやこの子を連れて他の地に移る事も難しかった・・・だってここを離れたら間違いなく貴方とはもう出会えなくなるから・・・私は弱くなったのかもしれない・・・この城は、私を最初に愛して慈しんでくれたアカデミーの皆と一緒に築き上げたものなのに・・・でも今はここよりもこの子を守りたい・・・カール貴方は許してくれるかしら?』
許すも許さないもない。
嬉しかった。
自分との繋がりをここまで大事にしてくれた事を。
そして悲しかった。
結局自分が彼女を最期まであの城に縛り付けてしまった事に。
そんな相反する想いがカールの胸の内に溢れその瞳からは涙が零れ落ちる。
『もしこの子を連れて貴方の時代に移れるなら・・・この子を連れて行って。サキュバスの血を半分継いでいるから貴方の世界でも疎まれるかもしれない。でも幸せになって欲しい。私はこの子にそしてカール貴方にも。きっとなれると信じている。どんな時代でもいると思うから・・・受け入れてくれる場所、愛し慈しんでくれる人は・・・私もアカデミーの皆に出会えて幸せだったから・・・私をここまで幸せにしてくれた貴方だから・・・本当にありがとう・・・キャサリン・サイフォン』
「・・・っ、キャサリン・・・キャサリン・・・」
手紙を胸に掻き抱きカールは静かに泣き続けた。
どれほどこうしていただろうか。
ようやくカールは落ち着き、手紙を再び便箋に戻そうとする。
だが、手紙はこれで終わりでなかった。
封筒の奥に押し込まれたようにあった小さく折りたたまれた便箋。
カールはそれを取り出し、最後の便箋を読む。
そこ書かれていた文はただ一行、
『私を愛しているなら・・・まだ愛してくれるならあの言葉をもう一度言って』
その文に背を押される様にカールはその言葉を発した。
もう何処にもいない彼女にせめて声だけでも届いて欲しいと願いを込めて。
「・・・幾星霜経ても変わらぬ愛の誓いを」
その時カールの耳に聞こえる筈のない声がはっきりと聞こえた。
「・・・ありがとう、カール」
「!!」
思わず辺りを見回す。
もう夜半なのだろう、辺りはすっかり暗くなっている。
そしてそこにはカールしかいない。
「空耳か・・・」
そう呟いた時
「ここよ」
また聞こえた。
それもすぐ近くで。
「えっ?」
その方向に振り向く。
そこに立っていた・・・正確には浮いていた・・・のは
「ありがとう、カール。私の事、まだ想ってくれて」
忘れる筈のない人だった。
「ぁぁぁ・・・」
あまりの衝撃に言葉も出ない。
もう一度でも会いたいと思っていた、その本人が今そこに立っていたのだから。
あの時と同じ服装そのままに、あの日々と同じ赤い髪をたなびかせ、あの当時と寸分の違いのない笑顔を自分に向けていた・・・
「・・・キャサリン!!」
我に返り感情の赴くままに彼女を抱きしめようとするカール。
だが、それは失敗する。
抱きしめようとした両の腕は虚空を切り、体勢を崩してカールは床に転がる。
「いたたた・・・」
「カール、大丈夫?」
そう言って心配そうに近寄るキャサリン。
「あ、ああ・・・大丈夫・・・」
見上げるカールだったが、ここでようやくキャサリンの身体からその後ろのドアがうっすらと見えているのに気付いた。
「・・・これって・・・」
呟いたカールの言葉にキャサリンは静かに笑って
「これから説明するわね」
と耳元で囁いた。
「キャサリン、今の君は・・・その・・・もしかして・・・」
カールに言いにくそうな言葉にキャサリンは静かに頷いた。
「ええ、貴方が考えている通り、今の私は魂だけ、判りやすく言えば幽霊よ」
「もしかして、あの時からずっとここに?」
「いいえ、あの便箋に封じていたのよ」
その視線の先にはあの便箋が床に落ちている。
さっきのドタバタで落ちたのだろう。
「最初はそんなつもりは全くなかった。貴方にもう一度だけ会いたい。でも万が一会えなかった時の為の保険のつもりで書いただけだから。でも書き終えてから急に嫌だって思ったの。貴方ともう会えないなんて嫌だ、だからずるをしたの。私の魂の一部を便箋に封じ込めたのよ」
「そんな事・・・」
「出来るわ。そうだ、カール、あの部屋は今も残っている?」
「うん、学長室にまだあるよ」
「じゃあそこに行きましょう。話の続きはそこでするわ」
時間を見計らいカールは一人で部屋を出る。
その隣にはふわふわと浮いたキャサリンがぴったりと寄り添っている。
幽霊であるので、その温もりを感じる訳もないのだが、それでもカールははっきりと感じた。
隣にいるキャサリンの温もりを。
「ふーん、このお城も随分綺麗になったのね・・・それにモンスターを管理しているの?」
「そうだよ。夜間はこうやって学園が放ったモンスターが出てくるから、僕も含めた生徒は腕試しとかしているんだ」
「へえ、私が生徒だった頃はそんな上等なものはなかったわ。何しろ訓練と実戦を兼ね備えていたから」
「え?訓練と実戦を」
「そうよ。アカデミーの生徒であると同時に私達は一人のハンターとして依頼を受けてモンスターと戦っていたから」
「うわぁ・・・それって危なくない?」
「勿論一人じゃなかったわ。他のアカデミーの皆・・・と言っても私を入れて六人だけだったけど、皆と力を合わせて依頼を解決して行ったの」
「そうなんだ」
「でも皮肉ね。あの時私を狙っていたシーラがあの子を守ってくれたなんて」
かすかに苦笑する。
そんな会話をしながらカールは次々とモンスターを打ち払っていく。
仲間と共にとは言え、学園の外にまで修行で出ているカールだ。
学園内で管理されたモンスターなどよほど油断しない限りやられる筈もない。
やがて、二人は学長室に到着する。
そして開いたままの部屋に入ると直ぐに
「閉じよ」
キャサリンの言葉で部屋は封印される。
「キャサリン??」
「今他の人間に見られると、面倒だから」
確かに一理ある。
それから静かに部屋を見渡す、とても懐かしそうに。
「あまり変わっていないわね」
「そうかな?僕が見たときは大分変わったなって思ったんだけど」
「そう?長い時間眠っていたから、記憶が曖昧になっているのかもね」
小さく笑ってから語り始めた。
「続きを話すわね。魂の一部を肉体から放すと言うのは、そう難しい事じゃないの。自分の肉体が生きていれば分割する事は出来るのよ。これは私じゃなくて葵の受け売りだけど」
「葵?」
「私がアカデミーの生徒だった時の仲間の一人よ」
「そうなん・・・??あれ?でもキャサリンあの時・・・」
確かにあの時、キャサリンはワイザーに身体を貫かれて死んだ。
最期まで見届ける事は出来なかったが、あの傷は間違いなく致命傷の筈。
「だから言ったでしょ。『ずるをした』って・・・あの時の肉体は仮の肉体。仮の肉体を創り上げた上で、魂を三分割にしたの。一つは仮の肉体に、一つはあの便箋に・・・そして残りの一つは本当の肉体と一緒に・・・この奥に眠っているわ。そう・・・この城が魔女イリーナ・ミハイロフの城だった事を示す最後の名残に・・・」
「えっ?」
「・・・幾星霜経ても変わらぬ愛の誓いを」
キャサリンが呟くと奥の壁が音もなく消え、そこには人一人が辛うじて通る事の出来る階段が現れた。
その階段は下に伸びている。
「ここよ、ついて来て」
先行するキャサリンに導かれる様にカールはその階段を下りていった。
そうしてどれだけ降りただろうか。
さすがに足が少し疲れ始めたとき目的の場所に到着した。
手に持った明かりで辺りを見渡す。
そこは天然の洞窟になっているようだ。
「ここは・・・」
「かつてここにイリーナ・ミハイロフが封じられていたのよ」
懐かしげにキャサリンが語る。
「そして・・・今は私の身体がここに封じられている・・・」
その視線の先には、透明な水晶らしき物の中に収められたキャサリンがいた。
「キャサリン!!」
咄嗟にカールは駆け寄る。
だが、それも直ぐに阻まれる。
水晶はカールがどれだけ叩いてもびくともしない。
「これは・・・」
「これに私の今の魂が入って初めて打ち破られるわ・・・ねえカール」
「なに?」
「貴方は・・・私に生きて欲しい?」
妙な質問をするキャサリンにカールは無論と言わんばかりに頷く。
「当然だ!!僕は君に生きて欲しい!」
「私がモンスターでも?」
その言葉にカールは咄嗟に言葉を返す事が出来なかった。
「私はサキュバス、ワイザーと同じモンスターよ。私の正体が判れば私は再び討たれる対象となる。そしてカール貴方も」
カールの脳裏に自分の教え子すら手にかけ、泣く事も出来なかった彼女の姿が浮かぶ。
それを思い出したカールはただ感情の赴くままに、形だけとは言えキャサリンを抱きしめた。
「カール?」
「キャサリン、僕は君に生きて欲しい・・・モンスターだろうと構わない。世界が君を討とうとするのなら僕は・・・僕だけは君の味方になる」
カールは覚悟した。
例え彼の家族が敵になるとしても、彼女を守ろうと。
言葉としては陳腐かもしれない、決意としてはありふれたものかもしれない。
だがその言葉、その思いこそ今のカール・ワインバーグの嘘偽りのない本心。
その言外の覚悟を悟ったのかキャサリンは泣き笑いの表情を浮かべる。
「本当・・・カールあなた馬鹿よ・・・でもありがとう・・・」
そう言うとカールから離れ、静かに水晶の中に・・・正確には水晶の中のキャサリンの肉体に納まっていく。
そして・・・完全に納まった瞬間、水晶は砕け散り彼女は地面に降り立った。
「・・・キャサリン」
「カール・・・」
もう言葉は不要だった。
静かに、抱きしめ合い、永い時を超えた真の再会の喜びを分かち合った。
「・・・さて・・・」
互いの感情もようやく静まり、洞窟から再び隠し部屋へと移動した二人はこれからの事を話し合っていた。
カールとしてはキャサリンと共に生き、彼女を守り通す決意は固めていたが、出来れば彼女の事は穏便に済ませたいのも本心だった。
最悪、キャサリンと共に姿を隠し、二人でひっそりと生きるという術もあるがあくまでも最悪の場合における最終手段。
早々荒っぽい手段は取りたくない。
「私の外見は人間に近いから余程の事が無い限りばれる心配は無いと思うわ」
「そうなんだけどな・・・ただ僕がここの生徒の間はどうしようか・・・」
「そうね・・・あなたは生徒だものね・・・」
「とりあえず学長先生に相談してみようか・・・」
このまま話し合っても埒が明きそうに無いのでカールは事情を知っているジャスティンにまずは相談してみる事にした。
「えっと・・・で、では彼女が・・・」
「初めまして。クリフとシェリルの子孫、私はキャサリン・サイフォン、ハンターアカデミー三代目学長です」
幸い発見される事も無く、カールとキャサリンはジャスティンの部屋に到着する事が出来た。
早朝の訪問に少し驚いたようだったが、事情を説明されるとさすがに呆然として目の前のキャサリンを見やる事しか出来なかった。
「カール君、今の話本当なの?」
「はい」
ジャスティンの問いにはっきりと頷く。
「確かに、ハンター協会がこの事を知れば間違いなくキャサリン氏を討伐に出る事は眼に見えていますわね・・・そうなれば・・・」
それはここにいる教員や生徒とも敵対すると言う事も意味していた。
「私個人としては、人に危害を加えないモンスターまで、無理に手を出そうとは思わないけど・・・協会は別ね」
モンスターを狩る事がハンター協会の役割である以上、それを放棄するとは到底思えない。
「なんとしてもキャサリン氏の素性は隠し通さないといけないわね」
「そうですね・・・ですがどうやって・・・」
とそこへ扉がノックされた。
「ジャスティン、どうしたの?こんな朝早く」
そういって入ってきたのはフィリスだった。
話を聞きジャスティンが彼女を呼んだのだ。
「ああフィリス。ごめんなさいねこんな朝早く」
「別にいいけど・・・あれカール君?それに・・・この人・・・いえ・・・この匂いは・・・」
「フィリス先生彼女は・・・キャサリンです」
「えっ?」
思わぬ名前にフィリスはぽかんと口を開ける。
そんなフィリスを他所にキャサリンも首を傾げながらカールに尋ねる。
「カール、この人薄い・・・だけど同族の匂いがするけど・・・一体誰なの?」
「キャサリン、彼女はフィリス・サイフォン、キャサリンの子孫なんだよ」
「え?」
キャサリンもまた呆然とフィリスをただ見つめる。
「それじゃあこの子は・・・あの子の・・・」
「じゃあ・・・お祖母ちゃん?」
二人のサイフォンは互いの顔をただ見る事しか出来なかった。
「ねえ・・・フィリス・・・だったかしら?もっとよく顔を見せて・・・」
そう言ってフィリスの頬にそっと手を当てるキャサリン。
「そうなんだ・・・あの子も愛してくれる人が現れてあなたを産んだのね・・・」
「お祖母ちゃん・・・」
遠き過去に思いを馳せるように呟くキャサリンにフィリスも万感の思いで言葉にならない様だった。
暫くすると、フィリスが先に立ち直った。
「初めましてお祖母ちゃん、私はフィリス・サイフォン、会えてとっても嬉しいわ」
その言葉にキャサリンもにっこり微笑む。
「ふう・・・ごめんなさいね。じゃあ改めて初めまして、フィリス・・・私がキャサリン・サイフォン、あなたのお祖母ちゃんで・・・そしてカール」
「??キャサリン」
どう言う訳かカールを手招きする。
カールを自分の隣に立たせるとキャサリンはおもむろに爆弾発言をした。
「フィリス・・・彼があなたの・・・お祖父ちゃんよ」
その瞬間時が凍り付いた。
もっとも、凍ったのはカールとジャスティンだけであり、最もショックを受ける筈であるフィリスは平然とその発言を受け止めた。
「あ、やっぱりそうだったんだ」
「ええ、私が産んだ子はあの子・・・あなたのお母さんだけ。そしてあの子は私とカールとの間の子だからあなたは私とカールの孫なのよ」
「薄々気付いていたけど、確信が無かったんだ。そっか・・・カール君がお祖父ちゃんなんだ・・・私より年下のお祖父ちゃんなんてすごいわよね」
そこに更にジャスティンが加わる。
「えっと・・・それじゃあカール君は・・・」
「ええ、私の最愛の人であり」
「私のお祖父ちゃん」
その語尾にフリーズ状態から復活したカールがその言葉が嘘であると懸命に祈りながらジャスティンと同じ質問をする。
「えっと・・・キャサリン・・・もう一回だけ確認したいんだけど・・・フィリス先生と僕の間柄って・・・」
「だから、あなたの孫よ」
「カール君が私のお祖父ちゃん」
それで限界だったようだ。
「あ、あれ、カール君??」
「カール??どうしたの?」
「カール君!!大丈夫!」
あまりのショックの大きさの為、カールはばたりと倒れてしまった。
「お祖父ちゃんもだらしないわね。簡単に気を失っちゃうなんて」
「気も失うわよ。いきなり『お祖父ちゃん』なんて呼ばれたら」
「あの手紙を読んでくれたからもう気付いていたとばかり思っていたんだけど・・・」
だが、それは無理と言うものだろう。
本来ならばキャサリンの言うように、昨日手紙を読んだ時点で気付くべきであっただろうが、その内容やその後のごたごたに脳内の処理が追いつかず、そんな簡単な事も失念していたようだ。
口では色々言いながらもフィリスはとても嬉しそうに気を失ってしまったカールを安静にさせてから、改めてキャサリン達とこれからの事を話し合い始めた。
「とりあえず、お祖母ちゃんは私の親戚と言う事で協会には白を通すしかないと思うわ。お母さんに話せば協力してくれるし」
「そうねキャサリン氏の身元関係はフィリスにお願いするとしてキャサリンさんはこれからどうしたいですか?」
「私は・・・やっぱりカールと一緒にいたいわ」
「でも生徒じゃ不都合があるわよね」
「ありすぎでしょ」
どう見てもキャサリンの外見はフィリスと同い年かやや年上である。
「それなら教師ならどう?お祖母ちゃんの実力は折り紙つきだから絶対問題ないと思うけど・・・お祖母ちゃんは?」
「私も別に問題は無いわ」
「キャサリンさんとフィリスがそれで良いと言うのでしたら私も異論はありません。その線で話を進めますね」
こうしてとんとん拍子に話は進み、午後までにはキャサリンの身分はフィリスの親戚と言う事と、この件はフィリスの実家サイフォン家も口裏を合わせる事で話は決まり、キャサリンの件は隠蔽が完了したのだった。
夕方授業が終わると同時に全生徒、全教員がテラスに集められた。
「何なのかしら?急に?」
レイナが首を捻る。
午後の授業が終わると同時にジャスティンからの校内放送でここに集められたのだ。
「静穂何か聞いてる?」
「いいえ、ただ朝からジャスティ急がしそうでしたよ。何か準備しているみたいで」
「そういえばフィリス先生もお忙しいそうでしたよ。何かソワソワして」
「何があったんでしょうか?」
そんな会話を他所にカールはと言えば
「・・・」
いまだ朝の衝撃から立ち直れずにいた。
当然と言えば当然であろう。
いつの間にか自分に孫が・・・それも自分より年上の孫がいるなどと言われれば、誰でも驚き呆然となる。
「そういえば、カールさんどうしたんですかね?ぼーーっとして」
「そうなのよ。なんか今朝から心ここにあらず見たいな感じで」
「もしかして昨日渡された手紙に何かショックな事でも書かれていたんでしょうか?」
「その可能性はありますね。昨夜も結局部屋から出てきませんでしたし」
半分正解だが半分外れている。
そんな会話を他所にジャスティンが壇上に上がり口を開いた。
「皆さん、急に集合してもらってすいません。実は本日より新しい先生が着任しましたのでその先生の紹介とご挨拶をして頂く事になりました」
「新しい先生?」
周囲がざわめく。
話が完全に伝わっていなかったらしくフィリスを除いた教員も顔を見合わせている。
「ではキャサリン先生どうぞ」
そういって壇上に現れたのは紛れも無いキャサリンだった。
「皆さん始めまして、この度魔法学院に着任する事になりましたキャサリン・サイフォンと言います」
「キャサリン先生はフィリス先生の親戚に当たる人で、フィリス先生推薦でこちらに勤めていただく事になりました。現時点では他の先生方の補佐及び代行の教諭として働いていただきます」
こうして、もう戻らないと思われた日々は思いもよらない形で時間を現代に移して再び始まる事になった。
後書き
ご無沙汰しています。
エゴ関連の長編に今回は挑戦しました。
正直言って今回の作品は出す出さない以前に書くか書かないかでも真剣に悩みました。
作品の骨格自体は原作のキャサリンルートをクリアしてから直ぐに出来上がりましたが、これを出すことで、原作を最悪侮辱する事になるかもと思った為です。
原作のあの結末は悲劇でしたが、それでも心に響く美しいものでしたし、出さないような気もしました。
ですがやはりハッピーエンドもせめて考えたいと思い直し、推敲に推敲を可能な限り練り今回の形とさせてもらいました。
一応長編のくくりで出しましたが次の話は何時できるか未定ですので気長にお待ち下さい。